
面接のドタキャンに損害賠償を考える前に — 企業側の3つの現実と代替策
面接のドタキャンで損害賠償を考える前に、企業側が知っておきたい論点を、公開されている弁護士の回答と条文から整理します。回答は一様ではなく結論は個別の事案次第で、請求に至った例は確認できていません。請求とは別にできる代替策3つと、専門家に相談する目安も示します。
面接に来なかった応募者に「損害賠償を請求できるのか」は、ドタキャンを受けた企業側がまず不安になる点です。ただ、請求に至った例は、確認できた範囲では見つかっていません(判例データベースは未検索のため、存在しないという意味ではありません)。それでも、企業側の相談は弁護士ドットコムに公開されています(2022年・2024年)。面接のドタキャンを減らす!応募直後から始める企業側の12の打ち手(以下「十二の打ち手記事」)は、請求は難しいとする2019年・2020年の相談事例を短く紹介するにとどめました。この記事は請求を勧めるものではありません。損害賠償を考える前に押さえておきたい3つの論点と、請求とは別にできる代替策を示します。
1. この記事の位置づけ — 損害賠償を考える前に、企業側が知る論点を整理する
十二の打ち手記事の1文は、2019年・2020年の2件の相談事例にもとづくものでした。2022年・2024年の企業側の相談を加えて確認すると、回答は一様ではありません。2022年の回答は請求は難しいとし、2024年の回答は請求は「考えられる」としたうえで損害の証明が難しいと述べています(詳しくは「2.」と「3.」)。
調べた範囲は次の3つです。
- 弁護士ドットコムの相談事例(面接段階を扱う4件)
- 法令の条文(労働契約法・個人情報保護法)と、個人情報保護委員会の公表資料
- 法律事務所・HR媒体の一般解説
面接のドタキャンを直接扱った法律事務所の一般解説は、見つかりませんでした。そのため中心になるのは相談事例です。これは個別の相談に対する弁護士個人の回答で、法律事務所の公式見解でも裁判所の判断でもありません。
この記事は、公開されている相談事例・条文・公表資料を整理した情報提供であり、法的助言ではありません。
2. 現実その1 — 面接は労働契約の成立前で、請求は難しいとする回答が公開されている
条文では、労働契約は「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」と定められています(労働契約法6条)。(編集部の読み)面接の時点は、この合意に至る前の選考段階にあたるのが通常です。
確認できた弁護士ドットコムの相談事例のうち、面接段階を扱う4件は次のとおりです。選定基準は、面接段階の相談で、損害賠償や法的措置に触れている回答であることです。
| 相談の時期 | 相談の種類 | 回答の要旨 | 読むときの注意 |
|---|---|---|---|
| 2019年4月9日 | 求職者側の相談(体調不良で面接をキャンセルした事案) | 弁護士2名の回答を要約。民事の損害賠償の対象となるとも考えにくく、発生した損害も微々たるもので、請求は認められないものと考えられる | 相談の主題は刑事告訴(威力業務妨害)で、民事の損害賠償は3つ目の質問。体調不良という個別事情が前提で、無断欠席一般への回答ではない |
| 2020年10月1日 | 求職者側の相談(事前にメールで連絡してキャンセル。企業が法的措置を予告) | 法的措置は可能かとの質問に「無理ですね」と回答(弁護士1名) | 損害賠償に限った回答ではない。個別の事案への回答 |
| 2022年2月15日 | 企業側の相談(応募者の直前キャンセルが多い) | 請求は難しい。具体的な損害の立証のハードルが高いと思われる(弁護士1名) | 企業側の相談への回答 |
| 2024年8月18日 | 企業側の相談(応募者の無連絡キャンセル) | 請求することは考えられるが、損害発生の証明が難しい。事前に違約金を記載しておき請求すれば認められる可能性はあるが、応募者が減る可能性もあるので慎重に検討を、との回答 | 「請求は不可能」とは述べていない |
(出典: 弁護士ドットコム 法律相談の各ページ。URLは末尾の出典に記載)
3件は請求は難しいとし(2019年は体調不良の事案、2020年は損害賠償に限らない回答)、1件(2024年)は請求は考えられるが損害の証明が難しいとしています。回答は一様ではありません。
確認できた4件の回答は、契約の成立前であることを理由には挙げていません。挙げているのは、故意・過失、損害の小ささ、損害の証明です(2020年の回答は理由の記載がありません)。
2024年の回答は「損害賠償請求することは考えられますが、損害発生の証明が難しいでしょう」と述べ、事前に違約金を記載しておけば認められる可能性があるとも言及しています。なお、違約金を事前に示す設計の当否は、個別の事情で変わります。導入を考える場合は事前に専門家へ確認してください。
契約の成立前であれば責任の問題が一切生じない、と一般に整理されているわけでもなく、契約締結に向けた交渉の破棄は原則として責任が発生しないが例外的に発生することもある、とする法律事務所の一般解説があります(みずほ中央法律事務所。不動産取引の文脈の解説で、採用面接を扱ったものではありません)。
3. 現実その2 — 損害の証明が難しいとする回答が共通している
企業側が「損害」と考える費目として、次のようなものが思い浮かびます。これは編集部の論理による列挙で、弁護士の解説にもとづくものではありません。
- 面接官や採用担当が、その面接のために確保した時間
- 会場や設備を押さえていた場合の費用
- 同じ枠で面接できたはずの、別の応募者の機会
損害の立証・証明が難しいという指摘は、企業側の相談に対する2件の回答に共通しています。2022年の回答は「具体的な損害の立証がハードルが高いかと思われます」と述べました。この相談は、応募者の直前キャンセルが多い状況での企業側の質問でしたが、回答は請求の難しさを指摘しています。2024年の回答も「損害発生の証明が難しいでしょう」としています。体調不良の事案だった2019年の回答は、発生した損害を「微々たるもの」と述べました。損害の証明の難しさは、2022年と2024年の回答が共通して挙げた論点です。
4. 現実その3 — 損害賠償の手間と、得られるものを比べる
請求に進む場合の作業を、編集部が整理すると次のように分かれます。作業の内訳も編集部の論理で、弁護士の解説にもとづくものではありません。
- 事実関係の整理(確定通知の内容、連絡の履歴、来なかった日時の記録)
- 損害の算定と、それを示す資料集め
- 応募者との連絡・交渉
- 交渉が進まない場合の対応(進め方によっては専門家への依頼)
手間・費用や損害の費目ごとの金額は事案によって変わり、公開された一次の資料にも金額は見つかりませんでした。ここで示せるのは、釣り合いを考える材料です。損害の証明が難しいとする回答が複数ある以上、手間をかけても請求の結果が見通せるとは限りません。2024年の回答は、事前の違約金に触れたうえで「応募者が減る可能性もあるので、どこまでやるかは慎重に検討されてください」とも述べています。同じ回答は、給料水準を高くする方向が現実的かもしれない、という方向にも触れています。事前に違約金を示す場合は、応募者への影響も含めた全体の釣り合いを、先に専門家に聞く価値があります。
5. 代替策3つ — 請求とは別に、仕組みで減らす
判断の流れは次の3段階です。
- 損害賠償を検討する
- 法的手段の現実性を確認する(「2.」〜「4.」の論点を材料に、専門家へ)
- 請求とは別に進める代替策3つで減らす
代替策のうち(1)と(2)は十二の打ち手記事の内容と重なるため、1〜2文にとどめます。
(1) 確定通知に連絡手段を明記し、来られないときの連絡を求める。 中途採用を実施した企業への調査(エン・ジャパン『「中途採用の選考辞退」実態調査』2024年)では、選考辞退が発生した企業のうち、面接前日・当日のドタキャンを経験した企業が52%で、そのうち「連絡なし」が83%でした(n=293社は調査全体の回答企業数)。連絡先と方法を確定時点で示すと、連絡なしが連絡ありに変わる余地があります(編集部の見立て。効果を示す公開調査は確認できていません)。
(2) 連絡なしを、自社内の記録として残す。 連絡の履歴などの事実を記録し、本人から再度連絡や再応募があったときに前回の経緯を踏まえて対応するための記録です。来なかった後にこちらから行う連絡は、十二の打ち手記事が示す範囲までです。記録を残すことは、追う理由にはなりません。自社内の利用は、他社への提供(第三者提供)とは扱いが分かれます。個人情報保護委員会 FAQ Q7-2は、社内の別部署などへの提供(同一事業者内)は第三者提供に該当せず同意不要とする一方、当初特定した利用目的の達成に必要な範囲を超える利用には目的外利用の同意が必要としています(個人情報保護法18条1項)。選考のための連絡・記録の保管・再応募時の参照が、応募時に示した利用目的に含まれているかを確認してください。
(3) 他社との共有はしない。 損害賠償の請求を考えたものの難しそうだと感じたとき、次に浮かびやすい案が、応募者の情報を他社と共有する仕組みです(編集部の想定)。ただし、この仕組みには個人情報保護法上の論点があります。27条1項は、「次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と定めています。応募者の情報を他社に渡す仕組みは、この第三者提供の制限と、取得時に特定した利用目的の範囲を超える利用の制限(17条・18条)に関わります。
関連する材料は2つあります。
- 共同利用という手続があります。個人情報保護委員会 FAQ Q7-51は、共同利用する旨・項目・範囲・利用目的・責任者を本人に通知等することが求められるとしています。応募者の名簿が共同利用の対象になるかは、事案ごとの確認が必要です。
- 2019年の内定辞退率データ提供事案の勧告(個人情報保護委員会)は、第三者提供の同意が問題視された公的な事例です。ただし、応募者のブラックリストの事案ではありません。
応募者のブラックリストを名指しした公的なQ&Aは、確認できた範囲では見つかりませんでした。2026年7月17日には個人情報保護法の改正が公布され、一部を除き公布日から2年以内で政令で定める日から施行される予定のため、実務では最新の条文の確認が必要です。他社との共有を考える場合は、実施の前に専門家に確認してください。
3つの要点を表にまとめます。
| # | 代替策 | 要点 | 根拠・注意 |
|---|---|---|---|
| (1) | 確定通知に連絡手段を明記する | 行けなくなったときの連絡先と方法を確定時点で示す | 面接前日・当日のドタキャンを経験した企業のうち「連絡なし」83%(エン・ジャパン 2024年)。詳細は十二の打ち手記事 |
| (2) | 連絡なしを自社内の記録として残す | 事実を記録し、本人から連絡があったときに経緯を踏まえて対応する | 同一事業者内は第三者提供に該当せず(個人情報保護委員会 FAQ Q7-2)。利用目的の範囲は確認が必要(18条1項) |
| (3) | 他社との共有はしない | 応募者の情報を他社に渡す仕組みは、第三者提供の制限(27条1項)等の論点になる | 検討する場合は専門家に確認 |

6. 専門家に相談する目安
最終的な判断は、個別の事案を踏まえた専門家への相談に委ねられます。公開されている回答の範囲で、相談の材料になりうる場面は次の2つです。
- 書面の契約や入社手続きが進んだ後に辞退された場合。2019年8月の相談事例は、内定を出して書面で契約した後に辞退された企業側の相談でした。回答した弁護士は、準備費用の額にもよるとしつつ、研修費用などは会社側の負担が原則であろうと述べ、大きなトラブルに発展するリスクを避けるため請求をしないのが賢明だとしています。面接段階の回答とは状況が異なり、内定後の辞退が面接段階の回答と同じ整理になるかは事案によります。
- 事前に違約金などの条件を応募者に示す設計を検討する場合。2024年の回答が可能性に言及する一方、応募者が減る可能性にも触れており、設計の当否は個別の事情で変わります。
他社と応募者情報を共有する仕組みを検討する場合も、「5.」のとおり専門家に確認します。相談するときは、確定通知の文面、連絡の履歴、来なかった日時の記録があると、事実関係を伝えやすくなります。
よくある質問
面接のドタキャンで損害賠償は請求できますか?
請求は難しいとする弁護士の回答が、弁護士ドットコムの相談事例として公開されています(確認できた範囲の3件、2019年〜2022年。2019年の1件は体調不良の事案、2020年の1件は損害賠償に限らない回答)。一方、2024年の企業側の相談への回答は、請求することは考えられるが損害発生の証明が難しいとし、事前に違約金を記載しておけば認められる可能性に言及しています。回答は個別の相談に対する弁護士個人の見解で、一様ではありません。個別の事案は専門家に確認してください。
内定後の辞退と面接のドタキャンは同じ扱いですか?
面接のドタキャンと内定後の辞退は、同じ段階の話ではありません。内定後の辞退を扱うHR媒体のQ&A(エン・ジャパン『人事のミカタ』)は、入社承諾書の手続きが進んでいない事例について、請求は難しいとしつつ、辞退が著しく信義則に反する態様で行われた場合に限り責任が認められた裁判例がある、と説明しています(二次情報。裁判例の事件名は記載なし)。面接段階の回答と同じ整理になるかは事案によるため、専門家に確認してください。
来なかった応募者の情報を同業他社と共有してよいですか?
個人情報保護法の論点になります。27条1項は、例外を除き、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています。応募者のブラックリストを名指しした公的なQ&Aは、確認できた範囲では見つかりませんでした。実施を考える場合は、専門家に確認してください。
出典
- 弁護士ドットコム 法律相談「面接をキャンセルは業務妨害にあたりますか。」2019年4月9日(弁護士2名回答)。体調不良で面接をキャンセルした事案への回答。相談の主題は刑事告訴(威力業務妨害)で、民事の損害賠償は3つ目の質問。個別の相談への回答であり、裁判例ではない。 https://bbs.bengo4.com/questions/784870/
- 弁護士ドットコム 法律相談「面接キャンセルによる企業からの損害賠償について」2020年10月1日(弁護士1名回答)。求職者側の相談。事前にメールで連絡した事案で、法的措置は可能かとの質問への回答(損害賠償に限らない)。個別の相談への回答。 https://bbs.bengo4.com/questions/960390/
- 弁護士ドットコム 法律相談「求職者の面接ドタキャンによる損害賠償請求」2022年2月15日(弁護士1名回答)。企業側の相談。個別の相談への回答。 https://bbs.bengo4.com/questions/1115020/
- 弁護士ドットコム 法律相談「面接 無連絡ドタキャンについて」2024年8月18日(弁護士1名回答)。企業側の相談。個別の相談への回答。 https://bbs.bengo4.com/questions/1381717/
- 弁護士ドットコム 法律相談「職員雇用契約後ドタキャン」2019年8月1日。内定・書面契約後に辞退された企業側の相談。個別の相談への回答。 https://bbs.bengo4.com/questions/830078/
- 労働契約法 第6条(e-Gov法令検索)。 https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
- 個人情報の保護に関する法律 第17条・第18条・第27条第1項(e-Gov法令検索)。 https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 個人情報保護委員会 FAQ「Q7-2」(同一事業者内の提供)。 https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q7-2/
- 個人情報保護委員会 FAQ「Q7-51」(共同利用。令和3年9月更新)。 https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q7-51/
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」2019年8月26日・12月4日(株式会社リクルート及び株式会社リクルートキャリアに対する勧告等)。第三者提供に係る同意を得ずに内定辞退率のデータを利用企業へ提供した点等が問題視された事案(12月)。応募者のブラックリストの事案ではない。 https://www.ppc.go.jp/news/press/2019/20190826/ / https://www.ppc.go.jp/news/press/2019/20191204/
- 個人情報保護委員会 プレスリリース(個人情報保護法の改正の公布)2026年7月17日。 https://www.ppc.go.jp/news/press/2026/260717/
- みずほ中央法律事務所「交渉序盤において交渉を破棄した責任」。法律事務所の一般解説。不動産取引の文脈で、採用面接を扱ったものではない。 https://www.mc-law.jp/fudousan/25532/
- エン・ジャパン「『中途採用の選考辞退』実態調査ー『人事のミカタ』アンケートー」2024年。『人事のミカタ』利用企業で直近1年以内に中途採用を実施した293社、2024年6月11日〜7月9日。 https://corp.en-japan.com/newsrelease/2024/38339.html
- エン・ジャパン『人事のミカタ』Q&A「内定を辞退した応募者に、損害賠償請求は可能ですか?」。HR媒体の解説(二次)。裁判例の事件名は記載なし。 https://partners.en-japan.com/qanda/desc_1162/



